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広報WEB委員会第11回インタビュー

2007年9月18日から29日まで、サンチャゴ市立劇場にて劇場創立150周年と日智修好110周年記念行事の一環として、オペラ“マダム・バタフライ”が上演されました。2001年の公演でも記録を塗り替えるほどの大成功をおさめましたが、今回もまた10回の公演に対して総勢15000人の来場者が訪れるという予想以上の反響で劇場を大いに沸かせました。

今回はそんなすばらしい作品の演出を勤められた演出家 高島 勲氏と、舞台技術の責任者の劇団四季 取締役 滑川 武 氏に開幕直前のお忙しい合間にインタビューをさせていただくことができました。 
舞台裏側のお話などお伺いしましたので是非ご覧ください。

その前にお二人のプロフィールを御紹介します。

高島 勲 氏 
オペラ演出家 1952年生まれ。ウィーン大学演劇科卒業(修士終了)
2001年〜東京芸術大学非常勤講師 


1994年 日生劇場「摩弾の射手」オペラ演出デビュー
1996年 NHK交響楽団常任指揮者CH デュトワ就任記念公演「火刑台上のジャンヌ・ダルク」演出
2000年−2003年 東京シティ・フィルオーケストラ・オペラ「ニーベルングの指輪」演出
2001年 蝶々夫人(浅利慶太 原演出)サンチャゴ 
2002年 埼玉芸術劇場「トゥーランドット」演出
北京「蝶々夫人」 
パリシャトレ座「金鶏」演出 市川猿之助 原演出
2003年 愛知県芸術劇場開場10周年記念「仮面舞踏会」演出
2004年 日生劇場オペラ教室 「後宮よりの逃走」演出
2005年 埼玉芸術文化振興財団「イル・トロヴァトーレ」演出
マドリッド王立レアル劇場「影のない女」演出
2006年 ザルツブルグ音楽祭「午後の曳船」 日生劇場オペラ教室「利口な女狐の物語」演出      

滑川 武 氏

1961年生まれ。 日大芸術学部 
1984年劇団四季入団 
1987年より舞台監督
現在 劇団四季技術部長・取締役

 

−今日はお忙しいところありがとうございます。テアトロ・ムニシパル(サンチャゴ市立劇場)で9月14日 から9月29日までマダム・バタフライが公演されますが、今までの苦労話などなんでもよいのでお話い ただければ。。

滑川氏:サンチャゴでマダム・バタフライを公演するのは今回で2回目になります。

−2回目ですか?1回目はいつでしたか?

滑川氏: 1回目の公演は2001年の丁度今と同じ時期(9月)でしたが、今年はサンチャゴ市立劇場が150周年記念ということで、劇場のロドリゲス芸術部長から直接浅利宛(劇団四季浅利慶太氏)に“再度マダム・バタフライをみたい”という話がありまして実現しました。

もともとマダム・バタフライは1904年イタリア人の作曲家プッチーニによって作曲され、その後色々な場所で上演されていたのですが、劇団四季の演出家である浅利慶太が1986年に、ミラノのスカラ座というオペラハウスで上演した際に演出を手がけることになり、その後もスカラ座で何回か公演した後、別の場所でもやりましょうということで日本や中国などでも上演されました。日本公演は1996年で、日本中を数箇所まわりました。その日本公演が、2001年のチリ公演にも繋がったのです。

−今回の公演はどれくらい前からお話があって、スケジュール等が組まれていたのですか?

高島氏:再演の話が一番初めにあったのはいつでしたっけ?

川氏:確か2年半くらい前ですか

−へー2年半も前ですか。。
2001年の公演の評判がとてもよかったと聞いていますが?また通常同じ場所で2回公演するような作品はほとんどないと新聞に絶賛されていました。

滑川氏:色々なところから評価をもらっているようですが、再演が実現したのは、先ほども話した劇場のアンドレス・ロドリゲスさんが、ミラノのスカラ座でこの作品をご覧になった時に非常に感動され、彼の中にこの作品に対しての思い出みたいなものがあるらしいんですよ。

高島氏:本人曰く自分の劇場でこれ以上のクオリティーのマダム・バタフライがでてこないとやりたくないんだ!みたいなことまで言っていましたね。

  
向って左から滑川氏 高島氏  

−そういう劇場のマネージャーさんの思い入れがあって再演とは、すばらしいですね

滑川氏:高島さんにこの演出をお願いしたのは96年の時からでしたよね?

高島氏:そうですね

滑川氏:96年の日本公演のときから演出は高島さんにお願いしていまして、2001年のチリ公演、2002年の北京公演、そして今回もまたお願いして演出をやっていただくことになりました。よく色んなところで、今回の公演は劇団四季の公演であると勘違いされていることが多いのですが、劇団四季の公演でもなんでもなくて、マダム・バタフライの場合は、たまたま劇団四季代表の浅利慶太が演出家であるということと、スカラ座以外での公演については、劇団四季が技術面のサポートをしましょうということで技術部門、いわゆる裏方ですね、照明、セット、衣装などその管理を劇団四季のテクニカルチームがやることになっていますが、まったく劇団四季の公演ではありませんのでお間違いなく。(笑)

その辺は少しややこしいのですが、今回の公演にはそんな背景があります。

−そうでしたか。確かに劇団四季の公演だと勘違いしておりました。

滑川氏:前回も演出は高島さんでしたが、私の方は衣装や大道具照明など技術部門の責任者として来させてもらっております。ですから現場の大道具の裏方さんや照明さんや衣装でサイズ直しをするおばさんとかと密接に作業をしている部門なんです。

私なんかずっと演劇の世界では日本人の裏方をやっていましたので、海外となると質も、環境も、考え方も、スピードも、手順も、全く違って正直言って最初はイライラしてしまいましたが、やっていくうちに、チリ人って、現場の人ですが、すごく素直で情操だし、なんていうか、日本人とは違うけど働きもの??まあ日本人みたいに自分もプライベートもほっぽりなげて仕事一筋という根性や概念はありませんが、仕事を楽しくやる為に一生懸命やりましょうよというところはありますね、また外国人に対してもかなりフレンドリーです。このように現場の人間もチリ人とは仲良くしながら仕事をやっていますので、ほんとチリ人の国民性はいいなと思いました。

−今回移動の際には、色々機材とか持ってこられたのですか?

滑川氏:いえいえ。。先に輸送していたので手持ちではほとんど何も持ってきませんでした。

−セットや大道具は?

滑川氏:セットは40フィートのコンテナを7台使って運んできました。

−えっ7台ですか そんなに!!

滑川氏:これでも舞台装置のデザインとしてはすごくシンプルなんですよ。オペラといえばすごく豪華で規模の大きなセットが多いのですが。。 ただシンプルといっても、物が多いので40フィートのコンテナ7台とは別にエアーでも小道具とか衣装とかを運びました。 

−ということは基本的に舞台装置等は全部日本から持ち込みされたもので、こちらのものは何も使われていないということですか?

滑川氏、高島氏はい 何も使っていないです。

高島氏:昨日も記者会見でね、例えば庭の白砂ですが、600kg日本から持って来たということを話したんです。

−へ〜そんなものまでですか?

滑川氏セットはまだご覧になっていませんか? 

−まだですね。

滑川氏:今回は9公演予定していますが、是非機会があればご覧になってください。後でよければ舞台装置ご覧になっていただけますのでご案内します。(その後追加公演が決定され、10公演となりました)

滑川氏話戻りますが、2001年公演の時にはちょっとしたハプニングがあったんです。チリ公演が決まって、舞台装置など劇団四季が管理している長野県の倉庫からチリへ輸送するのを日本国内のある業者さんにお願いしていたのですが、間際になって、お手上げだと断られたのです。なぜならその業者さんはチリとの経験がなく、果たしてちゃんと届けられるか不安でリスクが高いということと、また支払いに関しても劇団四季の公演でしたら日本の会社なので、お金を請求すればいいだけですが、チリが主催だったのでチリに直接請求することになるのですが、そんな経験もなく経済的リスクも高いということでギリギリになって断られました。。ほんと困ってどうしようもなかった時に、以前からお付き合いさせていただいているN通運さんに頼みこんだところ、なんとかしてもらい道具も無事チリに到着したという経緯がありました。ということでもちろん今回も輸送はN通運さんにお願いしました

ただ、持込するのって結構大変なんですね。荷物といっても普通に流通されているものではなく特殊なものが多いし、種類も多いし、リストを作成するのもものすごく大変なんですよ。

高島氏:前回はカルネ(物品を外国へ一時的に持ち込む場合、外国の税関で免税扱いの一時輸入通関が手軽にできる通関手帳)なかったんでしょ?

滑川氏前回はカルネを申請しようと思ったらまだチリはできないといわれて・・この1年前くらいですね通商条約が結ばれて申請できるようになったのは。。

だから今回はカルネ申請しました。作業的には面倒くさいですが。

皆さんは貿易されているから、流通など慣れていらっしゃるでしょうが、我々なんか普段海外公演なんかやらないでしょう。慣れない仕事で大変なんですね。(笑)

−一度オペラをやるとその舞台セットが1セットできるんですよね?それは次の為にとっておくのですか?

高島氏:通常のオペラハウスですと、1つの新しいプロダクション、例えばマダム・バタフライを作りましょうということで舞台装置、衣装、小道具とか作りますよね。いわゆるレパートリーといって次のシーズンも再来年も同じプロダクションを5年10年という期間でやるオペラハウスだと倉庫に保管しておきますが、日本は、単発でプロダクションができあがることが多いし、日本のオペラ事情ですと、装置を作成するのに何千万円も費用がかかったとしても3年以内に再演される可能性がなければ倉庫代の方が高くなってしまうので普通は処分されます。 

しかし今現在こちらに来られているバタフライのプロダクション装置は96年の日本公演の為に日本で作ったんですが、ラッキーなことに長野の劇団四季の倉庫に保管しておくことができたので、前回も今回もそこにあった装置をこちらに持ってこられました。
だから96年の日本公演や2001年のチリ公演で使ったものと同じ物が使えるという点ではやりやすかったですが、唯一サンチャゴの劇場は間口というか劇場の楽縁サイズが他と比べると少し小さいので、それを縮小して使わないといけないという苦労はあります。

−ということは公演会場にあわせて毎回アジャストしないといけないものが多いんですね?

高島氏:う〜ん まあアジャストというか切ってしまう方が多いですね!(笑)

−でも一回切っちゃうと今度大きくするがまた大変ではないですか?

高島氏:だから北京で公演するときはそこをまた継ぎ足したりして。。(笑)

滑川氏:確かにここはオペラハウスにしては少しタイトですね?

高島氏:そう・・ でも規模的にしてはこれくらいの劇場がいいんではないでしょうか?

滑川氏:1200人収容かな?これが1800とか2300人収容とかなるとよく見えないですよね

そういうことを考えると、見やすいし聞きやすい よい劇場だと思いますよ。

−作品に戻りますが、登場人物は蝶々夫人が主人公ですが、役者さんは日本人ではないんですよね?

高島氏:インターナショナルキャストは中国人。ナショナルはチリ人です。 

−でも話のモデルさんは日本人なのでもちろん日本人の動きをしないといけないんでしょう?新聞にも書いてありましたが、障子の開け方一つにしても日本女性らしい動きを教えるのは大変だと。。

高島氏:そうなんです。スタッフは日本からきますが、黒子の役を含めてすべてのキャストがこちらの人でしょう、日本人だったら当然できるだろうなというお辞儀の仕方だとか、手足の使い方など、すべて教えないといけないし、今日の稽古でもやりましたが、日本人なら“ちょっと開けてみてって”いうと障子の開け方くらいこういう風にあける(そーっと両手)というのはわかっていますよね?

滑川氏:さ〜どうでしょう??高島さんのイメージは昔の女性では??(笑)

高島氏:(笑)そういうのも一から教える必要があります。 でも一番大変なのが蝶々夫人にしてもスズキにしてもそうなんですが、ヒザが弱いんですよこっちの人は。いつもイスの生活してますよね、だから座って演技することが多いのですが、それプラス立ったり座ったりすることも多いので大変そうです。特にスズキはお付きの女性なので、控えている時は正座している必要があるんですが、正座は彼らにとって本当に苦しいらしいんですね。だから着物の下にヒザ当てをしていますよ。

先ほども言いましたが、立ち振る舞いでも日本人には当然と思われていることを一から全部教えないといけないのですが、“ここでしゃがん”とか“ひざまずいて”って頼んでも“なんでひざまずかないといけないの?”なんて言われたりすることもありますから。。。 まあ一応教えるんですが、本人達がやりにくいので反対に“はしょっちゃう”んですよね。だからここはこういう風にって教えてもなかなかやってくれないことが多くて、それこそ三つ指ついてお辞儀するなんて普段そんなことしないですからね。。 だから日本人がみると全然違うことやっているとか、手のつきかたが違うとかそういうこと見破られてしまうんです!前回も、当時いらっしゃった成田大使から、“こっちの人にそんなことを教えても様になりますかね?”って心配いただきました。。(笑)

滑川氏:でもまあなんとなく違和感なくなってきますよね?

高島氏:そうそう、なんとなく日本人みたいに見えてきますけど。

−なるほど、そういう部分が今回の見所となりますね。

−ちなみに現地スタッフとは何語でやりとりされているのですか?

高島氏:今回僕の通訳アシスタントについてくれた子はチリ人ですがドイツ語と日本語ができます。でもやっぱり劇場の専門用語とかもあるのでどうしても僕が直接言っている感じでニュアンスを伝えたいというところがありますね。
まあ中にはイタリア語しか出来ない人もいますが、歌手はわりとドイツ語が理解できるので、僕はドイツ語と英語を使って歌手とはコミュニケーションしています。

僕の演出アシスタントは英語とイタリア語ができるので、スペイン語、英語、イタリア語を使って歌手とコミュニケーションをとっています。しかし現場の人間はスペイン語オンリーなので、彼らと話す時はスペイン語から日本語に通訳してもらっていますし、もちろん日本人スタッフには日本語ですから、ほんと色んな言葉が劇場の中で飛び交っていました。

−なるほど、まったく私達にはわからない世界ですね

高島氏:あと子供達もいるんですよ。女の子が4人と男の子が1人。ここのバレー団カンパニーから出してもらっているんですが、そういう子達に指示を与える時は結構我慢が必要ですよね(笑)

−いうこと聞かないんですか?

高島氏:言うこと聞かないというか、言いたいことが伝わって、きちっとやってくれるまでなんとなく時間がかかるんです。

劇場自体が作っているスケジュールがあって、僕達はそのスケジュールに組まれている短い時間の中でセットアップする必要がありますし、せめてあと2,3日時間があればいいなと思っていますが、それもできないので、“ここはいいけど、ここは捨てる”など妥協点を見つけてやっています。。

―教えるのって時間との勝負ですね?

高島氏:そうなんですよ。劇場に来てからたった1週間で仕上げないといけないんでね。

−毎日毎日朝から晩まで稽古ですか? 

高島氏:いえ。。さっきも言いましたが、そういう訳にはいかなくて・・日本人なら時間関係なく、やらないといけないところまではやりますが、ここはスケジュールがだいたい決まっていて午前中が10時から1時、午後が3時から6時。その稽古期間内であげなければなりません。もちろんスタッフもその時間の中で動いています。例えば照明のリハは別にするのですが、午前中のクルーと午後のクルーが違ったり、日本人だったら朝から晩まで同じクルーで動くのですが、ここは“さっきやっただろっ!”て言ってもクルーが違いますみたいなことになってしまうんですね。

−日本人ならできるまで徹夜でもしますよね? こっちの人は帰っちゃうんですか?

高島氏:・・っていうか、できなくても時間が過ぎたので“さよなら”って感じです。 

滑川氏:そういえば昨日は早くみんな帰りましたが、何かあったんですか?

−歴史的に9月11日はアジェンデ政権の時にクーデターがあった日で、その日をめがけて騒ぐ人がいるんですね、だから暴動が起きる可能性があり危ないので、早く帰らなければいけないという日だったんですが。。。どうかしましたか?

滑川氏:スケジュールでは昨日の夜は照明調整の時間だったんですよ、それなのにいきない危ないからってみんな帰ってしまったので。。そうならそうで最初から予定を変えてくれていたらよかったんですがいきなり変わったので困りました。

高島氏:突然スケジュールがキャンセルされちゃうんですよ。僕らには考えられないことですね。。(笑)日本ならその日は最初からキャンセルして、別の日にスケジュールを入れておこうかと組みますよね?

−(笑い)確かにそんなところラテンですね。。。

高島氏:話変わりますがあとこの作品は当初ヨーロッパでは日本人のスタッフなしで作られた作品だったので、着物もドレス着物みたいなものを着て、裾も広く立ったり座ったりするのも楽だったということですが、浅利さんの演出というのは、“とにかくできるだけ日本のオリジナルの形でやろう、オペラそのものはイタリアのものだけど、色々な所作とか文化の違いなど、より日本のものに近づけたい”という意思があるので、例えば禅の庭が出てきたり、生け花や仏教の伝統などを使ったり、それこそ現代の日本人でもあまり知らないことを、きっちり見せる為に全部教えこまないといけないのです。しかし時間がないということから、最低限やらないといけないことは何か?またその部分の基本的な知識をどうやってみせるかなど結構大変ですね。

滑川氏:外国の民族的なしきたりを日本人がやるのも大変ですけどね・・

高島氏:そうそう逆でも大変ですよね

滑川氏:でも日本のしきたりを覚えるというのは、すごく深い意味合いがあるので二重に大変だと思いますね。 

高島氏:なんとなくエキゾチックであればよいという問題ではないですからね。そういえば以前ヨーロッパで微笑みの国という中国が舞台の劇なんですが、お辞儀の仕方を教えてくれって言われたので、日本のお辞儀はこうしてやるんだよっていったら、“そんなんじゃだめだ”、こうやってくれって(手をあわせてお辞儀)。。
でもそういうやり方はタイとかあっちのほうしかしないよって言ってもそれでいいからやってくれって。

なんとなくアジア的であればいいっていう彼らのイメージと日本人が見たときにそれは日本じゃないというそこの部分のギャップがあるので、日本の文化をどう理解してもらうかということを考えると、基本的なところからやらないといけないので、なかなか時間がないですね。

滑川氏:ところでチリの一般の人って、日本と中国と韓国って区別や認識できていますか?

−多分できてないと思います。我々の顔を見ると誰でもチノって言われるんでね。みんな中国人だと思われてしまっている?

滑川氏:我々が西洋の人をみて何人と見分けがつかないと一緒ですね。でも、以前僕ね どこだったかな?どこから来たの?って聞かれたので“東京”って答えたら、ああ中国にあるんでしょ?って ×?!?

−出張で行ったことのある人はわかっているかもしれないですが、地図上だけで見たとしても区別はつかないかと思いますね

滑川氏:日本の中学生や高校生にチリってどこにあるの?って聞いたら、だいたい南米の細長い国っていうとこぐらいまではわかるでしょうが、サンチャゴどこにあるの?って聞いてもわからないでしょうね

−あ〜それはわからないでしょうね。我々も来るまで知りませんでしたから。

南米って聞くと常夏の国ですか?って聞かれるときもありますからね。

滑川氏:ほんと我々日本人にとったら一般的な南米のイメージってブラジルですよね。

日系の方がいっぱいいらっしゃって情報量も多いから。チリのイメージってあまりないでしょ?

私も今回チリと日本の貿易で一番規模の大きいものは何かなって調べたら、銅らしいですね?はずかしいですが知らなかったんです。8割くらい銅らしいですね?

−銅は世界一の産出国ですが8割はないですよ、金額では半分くらいはいっていますが。

 銅、モリブデン、魚、木材などがチリからは輸出されています。

滑川氏:そう以外と木材が多いんですね。まあ一般的には知りませんよね チリから何が入ってきているのかって。。

この間、あそこの市場(Mercado Central)で“何が一番か?”ッて聞いたら、“イヤ〜ウニが一番だ”っていっていましたよ。 

−なかなか商売熱心ですね。

滑川氏:この辺でとれるウニはほとんど日本にいっているらしいですね?

−確かに日本って海の占有率大きいですね。ところでウニは食べられましたか?こちらにいらっしゃる間に是非試してみてください。

−今回は日本から何人位のスタッフが来られているのですか?

滑川氏:全部で14人です。

−東京から来る方と他の国から来る方ですか?

高島氏:いえ、日本以外から来ているのは僕だけで、他の方はそれこそ四季関係のスタッフと、元四季で仕事していた方なので全員日本からです

−浅利慶太さんの関与の仕方は?

滑川氏:もちろんこの作品の演出です。実は今回もチリの劇場や政府からも是非来てくださいと言われていて、来智する予定にしていたのですが、10月11月は国内もとても忙しくスケジュールが調整できなかったのです。本人も非常に残念がっていました。 

高島氏:ということで私が代理で演出しているとういうことです。 
滑川氏:この作品は本当におもしろいですよ、森英恵さんが衣装を担当していますし、照明は日本でも第1人者である吉井さんという照明デザイナーが担当、技術的にはとても高い作品だと思いますね。 

−是非行きたいですね。 

滑川氏:まだご覧になる予定はないですか?

−いや〜今のところまだチケット買ってないんです。これから。。。(笑)

滑川氏:これは商工会議所でいっぱい買ってもらわないといけないですね。

−でもチケットも高いんですよね?

高島氏:そう高いんですよね〜。どうぞおいでくださいという値段ではないので我々もちょっとびっくりしてしまって

−インターナショナルとナショナルスタッフの差が大きいんですが1:3くらいありますよね ギャラですか?

高島氏:そうですね。

−一番高い席が日本円で3万円くらいですよね。夫婦で行くと6万円??

滑川氏:まあ、日本も高いですけどね。。

−チリの役者さんのレベルは高いですか?

高島氏:今回助演といって、歌ったりしないで黒衣役を専門にやってくれる人の中には学生が多いんですが、中には役者もいるという話なんですね。。残念ながら助演の人たちの給料は安いらしいので、あまりレベルの高い人たちはここにはでてくれませんでしたが、確かに上手なのが何人かいましたね。そういう人たちに任せていればうまくやってくれました。

滑川氏:伺いたかったんですが、チリはではお芝居をみる頻度や舞台との距離感などはどうなんでんでしょうか?

−新聞とかにはよくTEATRO・・・と宣伝されていますが、周りで劇場によく通っているという人は残念ながらあまり知らないし話題にならないですね。

高島氏:確かにある意味ではオペラハウスがあること自体が生活に馴染まないというか、植民地時代の残りかなという感じがしますが。それにしてもオペラを支える社会層があるというのはすごいなあと思いますね、またそれが150年も続いているということは。。(サンチャゴ市立劇場は今年150周年記念)

−確かに。細々と続いてきたんだと思いますが、。。

滑川氏:先日林大使と、大衆的なパフォーマンス 演劇やミュージカルなんかもたくさんあったらいいですよねって話をしていたんですが。。

オペラやクラシックバレエもいいですが、もっと幅を広げていろいろな芸術に触れられる環境があればもっといいでしょうね。

“テアトロハポン”なんて建てちゃったらどうですか?

高島氏:ハハハッ。。それで四季のミュージカルを上演しますか??(笑)

−いいですね〜。

高島氏:伺ったところによると今回日本の企業の方が経済的なバックアップを客演公演にあわせてしてくださっているということが再演につながったという話も聞いていますので、そういったご尽力をいただいたというのはすごくうれしいですね。

滑川氏:日智修好110周年記念の全体のプロジェクトとして37社の方がバックアップしていただいたと聞いています。

色々なプログラムがある中でもバタフライは中心的プログラムにさせていただいたということも伺っていますが本当に感謝いたします。

−日本大使館が音頭をとられてマダム・バタフライ成功の為に協力を仰いでもらおうということになったんですが、我々もそれに賛同してお金を集めました。

もちろん金額が大きいので日本の本社からの寄付が大部分でしたが、チリの出先会社あるいは、チリ企業からも寄付をいただきました。

滑川氏:よその国にいくと、ジャパンフェステフィバル企画などありますが、この他にも日本と文化交流するというプログラムがあるのですか?

−あります。日本デザイン展や日本の文化を紹介するイベントとして折り紙、生け花、日本文化の紹介、展示、大学で開催する日本祭りなど、9月から11月頃まで続きますね。これはもちろんチリの方に参加してもらうというのが目的です。そういうイベントのメインがこの公演だったんです。

滑川氏:しかし気が付いたのはチリでは色々やられているようですが、日本側ではあまりないですね?

−きのうテレビで見ましたが、東京の丸ビルでモアイの展示やっていましたよ。

滑川氏:新しい丸ビルの中で、大きなモアイ像を展示したんですよね?

−モアイ像はこっちから持っていったものです

滑川氏:そのモアイ像はイースター島の石切り場で切ったものだから価値があるんだと

−展示用に見栄えよく綺麗にされています。本物は風雨にさらされ苔も生えてくずれそうなので

今回日本に行ったのはきれいなものでしたね。

滑川氏:バチェレ大統領が来日されて、天皇陛下や安倍首相とも会われ、モアイ像の式典に参加されたとそれくらいの情報しか出てないんですよね。チリと日本がどのような関係なのかはあまりわからないのではないでしょう?

もっと日本側の情報量も増えていいんではないでしょうかね?メディアの影響力って大きいので。 

地理的に離れているのはどうしようもないですが、何もしないと意識的な距離もどんどん離れてしまうので

−意識だけでも近づけておかないと 確かにそうですね。

滑川氏:120周年はいまから計画されておいた方がいいですよ?(笑い)

−おっしゃる通りですね。

滑川氏:のど自慢などはどうですか?

−去年あたりからようやくNHKが見られるようになったんですね

チリの情報量が少なくてイメージも少ないので、我々WEBでチリのいいところ紹介できるよう頑張らないと!

−ほんと今日はありがとうございました。こんなお話聞けるチャンスないですから光栄です。

高島氏:そういえば今日5時からゲネプロがあるのですが、皆さんご覧になりませんか?

−ゲネプロってなんですか?

滑川氏:ゲネラルプロ−ベといって、休みなしで本番と同じように公演するんですね。本番の前に必ずする総稽古です。

−今日ですか?カマラの会議があるんですよ。でも行きた〜い!! 会議休んでもいいですか??(笑)