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 カマラ広報WEB第2回インタビューは探検家で実在のロビンソン・クルーソー、アレクサンダー・セルカーク研究の 第一人者であります髙橋大輔氏に、1月から2月にかけてフアン・フェルナンデス諸島で行われていた発掘作業を終えて、 サンチャゴ入りされていた貴重な時間を割いていただき3月1日レストランASKAにてインタビューいたしました。 こちらのインタビューとは別に4月号の会報には、3月3日に開催いたしましたロビンソン・クルーソー島での調査についての講演会内容も掲載いたします。  
インタビュー日 2005年3月1日

 

— 今まで南米ではどこに行かれましたか?

高橋氏 ブラジルのバイアっていうところがあるのですが、そこには映画インディー・ジョーンズの話のモデルにもなった失われた都市があるといわれていて、それが本当にあった話かどうかということを追いかけてブラジルへ。 

— 例えばそのブラジルの元ネタといいますか、そういうのはどこから調べ始めるのでしょうか?

高橋氏 実際にその失われた都市を探しに出かけたフォーセットという探検家がいるのですが、その人は謎の失踪をしてしまう。それが探検史上最大の謎なのですが、 その人に何が起こったのか、なぜ消えたのかとかね。そういうところからリサーチを始めます。
例えばその人が書いた手紙が、ロンドンの王立地理学協会に残ってるんですよ。
それを読んでいくと「ついに私は決定的な何かを得た」と書いてあるのですが、途中で切れていたりするんですよね、いいところまでくるんだけど。
また「次回、情報はもっと詳しく書けるだろう」という手紙が届いていて、その次がなかったり・・・ジグソーパズルをはめていくようですね。
インカ文明、マヤ文明のように南米には文明がいくつかありますが、ここにはまだまだ謎が多く、アマゾンに文明がまったく何もないのは不思議ではないのかというテーマがあり、フォーセットという人はそこに着目ました。
しかし今の考古学では何も発見されておらず、そこは緑の魔境でしかないんですが、探検家は考古学者やよりは少しだけ夢幻的なところに活動の起点を設けるんです。私も含め。
今回のロビンソン・クルーソー探検については講演会でお話をさせていただくことになりますが、わたしの探検のテーマは「物語を旅する」で、誰しもがそれはフィクションだと思っていたところに光をあてることなのです。

— それをノンフィクションにしちゃおうみたいなー

高橋氏 フィクションとノンフィクションが重なり合うグレーな領域にフォーカスしていくということをテーマにしていきたいなと・・ ?

— いきなり話が入り込んでしまいましたが、そもそも探検家になぜなられたのでしょうか?

高橋氏 探し出す、ということに対する好奇心が大きかったというか、そういう本を多感な10代に読んだことが大きかったと思います。物語や神話を現実にあったこととして、人からは白い目で見られながらも、ついに古代ギリシアのトロイ遺跡を発見したシュリーマン、あるいは南米のインディオに伝わる神話を信じて、ポリネシア人のルーツを求めてコンチキ号航海に出たヘイエルダール博士、あるいは失われた都市マチュピチュを探し出したビンガム。 そして実際に自分でもやってみて、ロビンソンという島があり、島の内陸に入って行くとロビンソンが実際に住んでいたという家があるという伝説にあい、その伝説を解き明かしたい、それは自分がどうしてもやるんだと考えると、無償にアドレナリンが放出されたりですね。いてもたってもいられなくなるというか。

— ハハハッ なんとなくわかりますね。 例えば普通の旅行者と探検家の境ってなんでしょうか? 

高橋氏 旅はたぶん目的がないところがいい。そこに新鮮な驚きとかドラマが生まれますよね。しかし探検は目標があらかじめ決まっています。だからコインを空に投げ上げて、手のひらに落ちてきた面で、東へ行くか、西へ行くか、というような自由はあまりない。しかし、もちろん探検のデスティネーションは全く未知の領域です。他に誰も足を踏み込んだことがないところへ、出かけるスリリングさがあります。20世紀には北極、南極、エベレスト山頂といった、人跡未踏の最後の場所が征服され、もはや地理的な探検の時代は終わりました。それでも探検が無くならないのは、新しいフィールドがまだまだ残されているからです。私自身は物語の沃野に探検のフィールドを見つけました。たとえばこのフィールドも探検の世界ではまだ本当に新しい領域だけれども、探検の本場、欧米でもすでに物語を探検している人がいて・・その人はアラビアンナイトのシンドバットの冒険が本当にあったんだろうと、それで航海に出た人がいるんです。

— へー。

高橋氏 自分もなんかそういうフィールドで何かやってみたいなと思っていたときにパッ!とロビンソン・クルーソーのテーマに出会ったのです。

— 高橋さんの今の生活の拠点というのはどこですか?

高橋氏 秋田です。 秋田県秋田市 。でもおととしまでは東京で会社勤めをしてましてね

— あっそうなんですかー。

高橋氏 はい、東京の広告会社で営業をやってましてね(笑い)。24時間態勢の男芸者の世界を13年くらいやってまして、会社を騙して(笑い)休みをとりまして、ロビンソン・クルーソー島にも何回か出かけたり、しかしそのうちロビンソンの家を探し出せる情報をつかんだので、これまで世界中の誰もができなかったその謎に、最終決着をつけようと、会社を辞めてこっちにきたわけです。

— ところで高橋さんはどれくらい探検家やっているんですが、10年とか20年とか?

高橋氏 気分的には20年位かな。(笑い)気分的にはね

— それは学生のときから?そういうなんか興味あったんですかね?

高橋氏 そうですね。学生のときから、まあ、大学が明治大学だったんで、植村直己さんが同じ大学ですし、なんとなくその世界に憧れて旅をしていました。それでもわたしのは冒険でも登山でもない。探検なんです

— 紙一重なんですよね?

高橋氏 そうですね。言葉が違うので概念も本当は違うんです。でも現実には探検と冒険は結構ごっちゃになってていますね。でもわたしは探検家だけど、冒険家や登山家ではない。

— どういう定義づけをされているのですか?

高橋氏 冒険家というのは文字通り危険を冒しつつもチャレンジする!できるかできないかわからないがそういうことにチャレンジする。それを達成するかどうかというところに自分の存在価値を見出すというのが冒険家。

探検家は探って検証する、発見を前提とした旅に出る。今まで誰も知らなかったことをあらゆる手段を使ってでも発見していく。そういう違いがあるんですよね

— リスクがともなっちゃいますよね。冒険家はそれを考えずに冒険するけど探検家は考えながら冒険しないといけないっちゅうか

高橋氏 冒険も探検もどちらもリスキーな部分はありますが、冒険家も探検家も危険を最大限回避している、その点ではいっしょだと思います。

— じゃあ最初学生の時はそのような志があったんですね。でもその後就職されたんですよね?

その間も休みをとって探検家されていたのですか?

高橋氏 そうですね。志は昔も今も変わらないと思います。探検に対する情熱は。でもたまに感じるのは探検家とは実は職業ではないのではないか、ということです。職業という枠にははめきれないもっと大きな、ある人間の活動というか、本能にかかわること。誰しも探検とか無人島だとかワクワクする言葉ってあるじゃないですか、ワクワクする言葉がきっかけで、ちょっと旅にでる、あの先に何があるんだろうって、それが探検であり、そんな気持ちを心に抱く人が探検家なのではないのかなと。もちろん、探検家では給料が毎月入るということはありません。だから、生活の糧を得る職業、というものではない。

— 資金面がかなり気になりますよね?? いきなり確信ついちゃってすいません。

(笑い)

— 探検の資金面は?

高橋氏 いつもそれは死活問題ですね。自転車操業というか、プロジェクトの為にお金が必要だし、もちろん生活のためにもお金が必要です。普通のひとの倍、お金がかかる。そしてもちろん現実に探検家が大富豪なんてことはありません。

— では、アルバイトとかしながら資金を稼いだり??稼いでその1年後にバーっと探検して、本とか出されてまた資金を稼いでって言う感じにですか?

高橋氏 そうですね。 

— 秋田に拠点をおかれているというのは?

高橋氏 ロビンソン発掘後の次のプロジェクトでは無人島生活をいかにやるかということを考えているのですが、ロビンソンのモデルが山羊をつかまえてその肉を食って生活していたこともあり、これを再現検証するには自分自身で銃を持って、山羊を捕って、捌いて、肉を食べて、皮をなめして服を作ったり、あるいは自分で家を作ってみる必要がある。そこでもともと故郷でもある秋田に移りました。そこでは猟場が非常に近く、トレーニングするために早速猟友会に入り、銃を購入して始めたんです。すると動物を見る目が違うようになって、今までなら「ああ、かわいい、あそこにいる」という感じでしたが、こちらも動物的に反射しないと、とても獲物を捕まえるのはたいへんなことだとわかりました。

— もう逃げちゃいますからね。

高橋氏 むこうも命がかかっているし。昨年末「エゾジカ」の猟期に北海道へ行ってみたのですが、それはそれで複雑な気持ちになりますよ。でも肉を食べて自分は生きていく、食べなければ死んでしまう。だから撃ち取ったシカの肉は残さず感謝して、食べました。その皮も大切にもらって、家でなめして。命を頂いたという気分でした。なんともつらい局面はナイフを入れるときの気持ちですかね。あれは忘れられない・・・。

— 悲しいものじゃありませんか?

高橋氏 悲しいというものではありませんでしたね。ただ、ナイフをさすときあったかいでしょ・・・・
目もバンビみたいだし・・・・。

— きついですねー。

高橋氏:でもそれは瞬時にやらないとだめなので、内臓を取り出したり、皮をはいだりというプロセスを一から猟師の先輩に習って習得しないと、無人島生活での死活問題となりますから。あと肉をスモークにして保存する方法を取得したり・・・まだまだ道のりは遠いですね。火おこしは鉄と石で火花を散らしてやる方法です。去年は真剣に練習しなかったんですが、軽く練習していたら火打石がグサッと指にささってしまい。(ささった指を見せる)いっきに血が・・・

— これはやらないんですか(木をこすって火をおこす真似をする

高橋氏 いやそれもやらないといけないんですが、これはこれで手のひらの皮がベロッとむけて・・・。

— わーいたそー。

高橋氏 もう、イヤだーみたいな・・・

— そういえばトムハンクス主演のCASTAWAYという映画がありましたよね?

高橋氏 そうです。ロビンソン・クルーソーを追いかけているときに、ハリウッドが動いているという噂を聞きました。それが最終的にCASTAWAYで南米に4年間という設定で、ハリウッドがかなりリサーチをかけて現代の物語という形にしたんです。チリのクルーソー島のセルカークの境遇はこの映画の原形になってるというのは確かですね。

— そういわれれば重なるものがありますね 今気づきました。

高橋氏 でもなんとなく人生80年か、60年か、50年かわかならないですが、長いその時間のほんの何ヶ月か、一人きりで野生の動物をとりながら生活をしてみる、そんな期間があってもいいのではないかなと思います。どんなもんでしょ。

— そうですね。自然の中に自分を置いて、どこまでいけるか??

生きることを試したいみたいなですね。

高橋氏 そうですね。人間関係のしがらみとか社会人としての責務とか、企業人の義務とか、そういう文明社会の膿みたいなもの。「生きる」という原点を考えたときに、自分を取り巻いているそれらをそぎ落としていくと、最後には食べること、住むこと、着る事、最終的にこれしか残らないですが、でそれだけに集中したときにいかに食べることが大変なのか簡単なのか。そういう人間にとっての基本的な何かを再発見してみたいですね。

— すごくわかるような気がしますね。

— そこをあえてやろうとしているところが、もうすでに我々と違うというか。僕はやっぱり感覚的にその土台から外れるというリスク、怖さに踏み込みたくないというのがあるので。

高橋氏 でもまあ潜在的に好奇心はあるんですよね。しかし冗談ではなく、例えば規模が大きい津波がきたり、日本では大雨で洪水に襲われたり地震がきたり、意外にそういう生活に甘んじなければならない偶然は、身近に潜んでいる。

— ロビンソン・クルーソーの後はなにか考えられているんですか?今度のプロジェクトとか?

高橋氏 はい 実は・・・やりきれないくらいのテーマがあるんです。

— それはやはり日本に限らず全世界ベースで?

高橋氏 ええ、しかし、次のプロジェクトは浦島太郎です。この夏の出版にむけて準備を進めています。浦島太郎も単なるおとぎばなしではなく実在していた、と日本最古の歴史書、日本書紀に書いてあるんです。そこから実在した龍宮を探して旅をします。

— じゃあ 高橋さんの名刺は時と共に変わっていくんですね?今はこれですが(高橋氏の名刺の裏にロビンソン・クルーソー漂流300年記念エクスペディッション 浦島伝説検証 ウミガメ追跡プロジェクト と書かれている)5年後10年後にいらっしゃったときには、あれ前ウミガメだったのに今度は・・・そういうのってなんかおもしろいですね。

高橋氏:まあそれは会社で言えば部署みたいなもので、人事異動で色々変わるようなものかもしれません(笑い)

— じゃあそろそろお腹もすきましたし食事頼みましょうかねー

 ありがとうございました。

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